漆器・七宝焼き・江戸切子など日本の伝統工芸品|創業1989年東京都|3万円以上送料無料!全ての商品に名入れ可能!

日本の伝統工芸品を英語で紹介

漆器英語説明書

安心の日本語英語説明書付き


海外出張やVIP来日の際に外国人の方に喜ばれる日本のお土産(おみやげ)って何だろう?
漆器ってどうやって説明をすれば良いだろう?
伝統工芸品を説明するのは日本語でも難しいですよね。
弊社の製品は海外向けの記念品として使われることが多いことから、漆器、七宝焼き、江戸切子の商品には安心の英語説明書が付いております。
日本が誇る伝統工芸の技術は、日常の生活の中に美を取り入れ、永く愛される事で国内外を問わず使う方々の気持ちを豊かにしてくれます。
ただ商品を渡すだけでなく、ストーリーも合わせてコミュニケーションツールとしてお役立てください。

伝統工芸品を英語で説明

七宝焼き英語説明

七宝焼き

七宝のおこりは、遠くキプロス島で栄えたミケーネ文明時代とされています。 この七宝の技術は永い年月の間にインドから中国へ渡り、朝鮮半島から仏教文化と共に 我が国に伝来したとされております。 今日残っている我が国最古の七宝焼きは、正倉院御物のなかの「瑠璃鈿背十二陵鏡」でございます。 その後、七宝師、あるいは彫金師によって、七宝の技術は細々と受け継がれ、またその間には キリシタン文化による影響なども受けていたわけですが、江戸時代の天保年間に、愛知県海部群の 梶常吉が努力の末独自の技法をあみ出し、これが今日の我が国の七宝焼きの源流となっております。 その後多くの人々の努力によって、我が国独自の華麗な色彩感覚と豊かな芸術性が加わり、 今日では近代七宝として、世界的にその名声を知られるようになりました。

【CLOISONNE】 Shippo Yaki, the Japanese words for cloisonne, is well known abroad as an outstanding example of Japanese traditional art crafts. In Japan, its origin can be traced back to the Nara Era(A.D.646-794) Modern Japanese cloisonne started to be remarkably developed in the middle part of 19th century, when Dojin Hirata and Tsunekichi Kaji succeeded in making a small container of cloisonne after experimenting for many years. Later, Kaji's pupils were instrumental in elevating the cloisonne techniques to the higher standard as we observe today. Japanese cloisonne products are highly appreciated by non-Japanese as well as by Japanese for their matchless gorgeous colors and refined taste.

漆器英語説明

漆器

漆は東洋特有のもので、日本・中国をはじめベトナム・ミャンマーなどで発達しましたが、 中でも日本のものは世界的に名高く、英語で磁器をCHINAと呼ぶのに対して、 漆器はJAPANと呼ばれるほどです。 漆器は、約9000年前の縄文時代より作られ、日常で使われてきました。 古くから守り続けられている伝統の技と進化した技法が織りなす会津漆器は、 日々の生活に様々な演出を魅せてくれます。 子や孫へと受け継がれ、世代を超えて愛用できる漆器を取り入れて心豊かな暮らしにお役立て下さい。

【LACQUERWARE】 Lacquerware is a unique art medium that has developed across Asia, mainly in China and Japan, but also having spread as far as Vietnam and Myanmar. However, among all these different traditions of lacquerware across Asia Japan's has gained such a strong reputation that its designs are now simply referred to as "Japan", similar to Chinese porcelain being referred to as "China". Lacquerware has been created and used in daily life in Japan since the Jomon Era approximately 9,000 years ago. The lacquerware of the Aizu region brings together traditions protected over centuries and progressive techniques to bring artistic enrichment to daily lives. We urge you to further explore this cherished art form which has been handed down from generation to generation for enjoying artistic appreciation in your everyday life.

金箔巧芸英語説明

加賀金箔工芸

我が国の伝統工芸産業の一つとして今に息づく金箔工芸。 加賀百万石の古より、先人が積み重ねてきた経験と工夫が優秀な製箔技術に昇華し、匠の技として 現代に受け継がれてきました。 しなやかで美しい光を放つ金・銀箔は、美術工芸品に生かされ、加賀百万石の文化を支えてきました。 その薄さ、わずか1万分の1〜3?。10円玉くらいの大きさの合金を畳一畳分の大きさにまで 打ち広げる技術は、まさに伝統に根差した匠の技の結晶と言えます。 特殊技術に裏打ちされた金沢箔と加賀蒔絵技術の融合により造り上げられた加賀箔工芸の 逸品をお楽しみ下さい。

【KAGA Gold-lacquer work】 KANAZAWA Gold-Leaf with KAGA Gold-lacquer work For the production of gold-leaf, a gold alloy consisting of pure gold and silver mixed with some copper is prepared. This gold alloy is then extended to a uniform thickness of 1~3/10.000mm, without losing the brilliancy of gold. 1~3/10.000mm may not be easy to grasp. The following comparison may help you to imagine how thin the gold leaf is; Kanazawa gold leaf craftsmen can pound a piece of gold in the size of a 10yen coin evenly into the size of a tatami mat. Producing Gold leaf is not simply prounding gold into a leaf. It requires refined techniques for each process. Gold leaf craftwork alive now as one of the traditional industries of our country. From old Kaga Hyakumangoku, experience and ingenuity that ancestor made an effort to inherit. It has been handed by current craftsmen. Please enjoy our products, made of KANAZAWA Gold-leaf with KAGA Gold-lacquer work.

江戸切子英語説明

江戸切子

我が国のカットグラスは、正倉院にある「白瑠璃 碗」をはじめ、古代に属するものは何れも舶来のもので、 日本人の手によって製作された 歴史はずっと新しく、近世に入ってからのことです。 天保5年(1834)加賀屋久兵衛が、江戸大伝馬町で金剛砂を用いてガラスを彫刻 し、 切子細工の法工夫したと伝えられる。 これが我が国におけるカットグラスの始まりで す。 現存する加賀屋の引札(一枚刷りカタログ)には和物・唐物・蘭物が入り混じって描か れていて、 カットグラスの製品も多く、未だ鎖国下の我が国ではあったが、オランダとの 貿易によって、 カットグラスが輸入され、加賀屋の製品にもその意匠にヨーロッパの影響 を受けたものが多く見られます。 そして、このカットグラスに対して「切子」の言葉が用いられ始めたのは18世紀末頃 であり、 天明8年(1788)刊の「蘭説弁惑」には「食盤の上におく硝子きりこ様のし ほ入れ」という説明がある。 また、広辞苑(新村出編)には、きり・こ〔切子〕の項に、 ?四角な物の、かどかどを切り落とした形 ?ガラス(切子硝子)カット・グラスに同じ としてあります。 この?の説明は、平磨き加工 によるガラス製品の形が考えられ、これが?のカット・グラスにつながるのではないで しょうか。

【Edo Kiriko】 The history of Edo Kiriko started in 1834, in the late Edo period when Kyubei Kagaya established special glass cutting techniques by sculpting glass with emery power. The government operated a factory called Shinagawa Glass, established in 1873 that inherited Kagaya's exquisite cutting techniques. In 1881 a British master, Emanuel Hauptman was invited to train some Japanese craftsmen. The founder of Horiguchi Glass, Ichio Horiguchi was a direct descendant of Tokumatsu Ohashi, one of the Hauptman's trainees. Edo Kiriko was designated a traditional Japanese craft in 2002.